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79年にティト・プエンテ(NYラテンのキング、グラミー受賞4回)
のクリニックに参加したのをきっかけにラテン・パーカッションを志す。
1982年には松岡直也(中森明菜「ミ・アモーレ」でレコード大賞受賞)のウィシングに引き抜かれ、プロとしての本格的活動を開始、モントルー・ジャズ・フエスティヴァル、ニース・ジャズ・フエスティヴァルを始め、国際的に活躍する。
84年にはNYヘ渡リ、アンディ&ジエリー・ゴンザレス(95年グラミー賞ノミネ−ト)、マニ−・オケンド&リブレといったヘヴィ級ニューヨーク・ラテンの重鎮たちと共演.帰国後は松岡グループを中心に、屈指のセッション・ミュージシャンとして数多くのツアー/アルバム制作に活躍、日本のパーカッション・シーンの中で独自の存
在を築き上げてきたが、近年自身のグループ、サポール・パランテを結成。ヘヴィ
かつエンタテインメント性にも富んだラテン・ジャズ・アンサンブルを繰り広げて
いる。
96年、ブロンクス・パーカッション・スクールを開校。
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